Tarikaにインタビュー その6:欲とスピリチュアル

タリカ:欲もね、私たちは欲を原動力にして生きてるわけでしょ。

私たちは皆、良くなりたい。いい人間になりたいし、いい暮らしをしたいよね。
いいパートナー関係、いい友人関係、全部欲でしょ。
良くするための原動力だよね。

それが「執着」になっちゃうと「この世は苦しみである」ってところに行っちゃうと思う。

K美:欲は手放さなきゃいけない、煩悩、欲は悪い、というような
苦行僧みたいな生き方を是とする。そこが私たちの考え方のベースになってますよね。

タリカ:日本では仏教に根付いた文化があるけど、今年の春に開催した
ドラゴンゲートサンクチュアリの中で、クリストファー・リー・マツオ老師から
四諦のレクチャーがあったのね。

あきらめるとは、「明らめる、明らかにする」ということ。
つまり「諦める」というのは「執着を離れ」そこから全体をよく見極め、
道理を悟って迷わない状態のことを指すんだね。

「諦」という字は、「真実」という意味もあるんだって。
諦めることへの、世間の誤解を感じるし、諦める、執着を離れることが
難しいので、都合よく解釈し直しちゃった感もあるね。

K美:良く生きるための欲にジャッジメントをくださず、ただ見る。
ものすごくシンプルなあり方ですね。

タリカ:そうなの。「どうするか」のDoingではなくて
「どうあるか」のBeingにいるというシンプルなやり方。

簡単なようでいて、とても難しいんだけど、Beingの中にいる、
今起こっていることを「あきらかに見つづける」と、変化が訪れるんだよね。
発酵の錬金術みたいに!

K美も、旦那さんとの関係の変化を、ただあきらかに見ていたからこそ
変化が起きたんだと思うの。諦めたわけじゃないものね。

K美:確かにそうです。全然諦めたわけじゃなくて、良い関係に変わりたかったからこそ
時間をかけて、ただ見るということをした。そしたら、ものすごい変化が起こりました。

タリカ:明らかに見る状態で生きるっていうのは、
スピリチュアルと深く関わってるんじゃないかと思ってるんだよね。

発酵を待つ間合いの状態、ものごとをただ在るように在らしめる、
ということなのかな、と思うんだ。