女神の集い~参加者対談~ 「初めて、深く泣いた」たねべようこさんVol.2

ふ:たねちゃんは、去年の神戸の場合は、もうパートナーはいて、女性として愛されるステップは踏んでいるわけだけど、さらにその状態で自分ともっと深くつながったら、何が出るのかい?っていうチャレンジだったのね。
自分の中にダイブしていくというか、自分の中のリソースを探すのを、みんな頭でやろうとするけど、それって頭の中にはないしね。

た:身体を動かしていく、っていうのが、私には一番合ったの。身体を動かしていくことで、体感していくことが、私にとっては一番わかりやすく、つながりやすかった。

ふ:体感がわかりやすいっていうのは、確かにそうよね。
たねちゃんは、一見思考型、左脳的に整理していく人に見えるんだけど、そういう人がどん!と身体に入るところにやってくるダイナミックさというかね、そこは共感するところです。
私も思考型なんだけど、「思考だけではもう生きていけないじゃん」というところに追い詰められていたのね。身体との連携、全部のネットワークをちゃんとつなげないと、自分ていうものが完成しないなと。
いろんなタイプの人がいるけど、私がたねちゃんに話を聞きたいと思ったのは、何となく似た匂いを感じるからでね。思考の部分は、もう掘る方法がわかっていて、それを身体と結びつけることによって、より器が大きくなる、ということを目指している人なのかなと思ったからなの。
今、どういう人が「女神」を体験すると世界が広がるというか、どういう人になら、このワークいいよって誘ってみたい気がするかな?

た:これって、やっぱり、「準備ができてる人」が行くんだよね(笑)。
頭が準備できてなくても、わかんなくても入っちゃうっていうのは、深いところで準備ができてるんだよね。
SNSが発達している中で、いろんな人がいいよって言ってるものは、響くよね。ただ、Tarikaのブログ、いいよね、って伝えても、響く人と響かない人がいるのよね。
Tarikaは、「現実感」、「現実の生活」、地に足を付けている、というところがあるうえで、見えない世界のワークを積み重ねてるっていうところに、私は惹かれているの。

ふ:このワークは、「生身の人間」が、いかに高いところとつながりながら生きるか、というチャレンジで、「生身の人間」のところを疎かにしてしまうと、結局は全部味わってることにならないものね。

た:身体を動かしていくワークがダイレクトに響くっていうのは、そこなのかなって私はいつも思ってる。

ふ:なるほど。やっぱり、言葉にしてもらうと、ああそうだなって、わかるね。そういう意味では、言語も大事なんだけど、今の世界って言語・視覚的なものに偏りがちで、目で見てわかるってことにとても偏ってるじゃない?
ある意味ではここは、逆の方向に入っていくでしょう?
そこの価値みたいなものを伝えたいんだけどね・・、結局は嗅ぎつけてもらうしかないのかな(笑)

た:そういえば、七月に兵庫県でTarikaのワークがあってね。
一人の方と帰り一緒に帰ったんだけど、「身体いっぱい動かして、汗をかいて、なんだかよかった」って言っててね、子育てに苦労している人で、いろいろ取り組んできたんだけど・・今日すごく惹かれたんですと言ってくれた。 Tarikaのことも全然知らなかったので、、:。。「女性ということにも取り組んでいるし、女性として生きるということを大事にしているんだよ」と伝えたら、すごくその人に響いていたみたいなの。
いろいろ取り組んでいても、なお根本的に自分とつながりたいと思っている人はいるんだなと思った。

ふ:結局、みんな本当に自分を信頼したいし、自分のままでいいって、安心して生きたい、って・・・そこだものね。
身体はダイレクトに自分自身で、嘘のつきようがないし、それとつながるっていうのは、とても心強いというか、ジャッジのしようもないしねえ。

た:でも、同じワークにきた方でもやっぱり響く人と響かない人がいたのよ。

ふ:そりゃあそうだね。抵抗はやっぱり起きると思う。
ある程度自分の苦しさにしばらく向き合っていって、どうにかしたいっていう願いの方が上回っていないと・・まずメンドクサイし、しんどいし、それをやる方がかえってつらい目に合うと思う人もいるじゃない?

た:それでもなおっていう人は、Tarikaのワークをすごく興味深く感じたみたいよ。

ふ:いろいろ聞かせていただいて、ありがとうございました。私も感じていたことを、いっぱい言葉にしてもらってすごくうれしかったです。
インタビューはここまででしたが、最後に雑談の中で、「自己信頼」についての話も出ました。

~「自分を信頼することを教えてくれたのが、女神だった」
「自分を信頼する」って、良く言うけれど、それって「キレイなもの」じゃない。

自分の中に、「キレイじゃないものを見て、それも自分だ」という風にするのが、自己信頼だ。そういう、「キレイじゃないもの」を自分の中に入れた時には、周りの人がそれを持っていても、気にならなくなる。

自分で自分を「キレイじゃないところがある」ということを許せないでいる間は、他人のそれを見るとおえっとなる。
自分を信頼するって、そういうものをすべてひっくるめての信頼でないと、他人も信頼できるところまでいけない。

他人をジャッジしてしまうときも、そのジャッジする自分を「なんだろう?」と振り返って、何が起きているんだろう?って観て・・・その自分についても、なるほどな、と思えた時、それも受け入れていける。
そうやって、どんな自分も飲み込んで、自分の器の中にあるものを、平等に受け入れていくこと。どんなものであろうと、これは私の大切な一部である、ということを、エッグ(Part3シャクティの中で行われるエッグ・エクササイズ)は教えてくれている。
この「自己信頼をする」ということを、「女神」のワークでは一つ一つ体験していくし、ワークが終わった後こそに、このプロセスは始まっていく。

ワークはその最中で完結するものではなく、「終わった後が始まり」で、人生の大きいプロセスの中で、そのために準備されている場が、「女神」なのです。

大きなチャレンジであるがゆえに、大きな変容も起きる可能性を秘めている。信頼して、人生にコミットしている人のために開かれている場所でもあります。

お話を聞かせていただいた、たねべようこさんのブログ。
不安すら面白い!「何もない」から幸せを感じるまでの66のストーリー 外部サイトにリンクします

とても興味深い内容なので、あわせてご一読ください。
また、「教える人のコミュニケーションアドバイザー」というお仕事もなさっています。
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聞いた人 :ふくち まほこ(2016東京Part1~3、同じく関西Part3参加、2017関東女神の集いスタッフ)
聞かれた人:たねべ ようこさん(2014広島part1~3、2016関西part3参加)